*1  蜘蛛の巣に捕らわれるが如く

jorougumo「あぁ、やられた」、と言うのが読み終わった時の感想だった。完全にしてやられた、と思う。正に絡新婦の巣に絡め捕られた感じだ。作者によって用意された完璧なる予定調和の糸。京極夏彦その人こそがきっと「蜘蛛」なのだ。

*2  京極夏彦と言う語り部

去年の暮れから京極夏彦の小説を「姑獲鳥(うぶめ)」「魍魎(もうりょう)」「狂骨(きょうこつ)」「鉄鼠(てっそ)」と、続けて読んでいる。京極の小説はどれも舞台が共通しており、時間関係も時系列ながら交錯している。前の話のふとした登場人物が次の話では主要な役割で登場したりするのがまた巧い。何が巧いかというと、自分の知っている人物が出ることで世界にリアリティが増す点。また、過去の事件(他の本のストーリー)を匂わすことで、読んでいない読者にはそれを買う動機を与え、読んでいる読者には知っている優越感を与えられる。非常に巧みだと言える。また小説の構成も、単純に事件があって捜査があり、解決するわけではない。時間軸は何度も前後し、視点は多くの登場人物の間を飛び、古い伝承と妖怪が背景を闇に閉ざす。そうして謎の中に突き落とされた読者を救い上げるかのように京極堂が登場し、複雑に張り巡らされた膨大な伏線を丁寧に解きほぐし、読む人にカタルシスの解消を与えてくれるのだ。

ただ京極夏彦の本を「本格ミステリー」と思って読むと拍子抜けする事が多い。全てを説き明かす京極堂の語りには深い日本文化と妖怪への造詣、超越者の如き視点を感じるが、肝心の犯罪トリックは実際には無いに等しく、登場人物の動きにしても予め仕組まれた予定調和でしかない。それでもなお面白いのは、彼の物語では「人がいて事件が起こる」のではなく、「綿密に世界が定められ、登場人物は各々の役割を果すのみ」であるからだろう。読者もその世界の中にいる限り、その世界の必然を受け入れざるを得ないのだ。ある意味、彼の描く世界はファンタジー - 幻想的でありながら崩す事の出来ない確固たる独立した世界 - なのだと思う。

*3  旅

そうした例に漏れず、この「絡新婦」も完全なる予定調和の上を、幾つも断片的な物語が個々に進み、融合し、最後の結末へと導かれる。そしてその結末は、なんと巻頭に描かれている。「あなたが、蜘蛛だったのですね」と言う京極堂の言葉を知ってもなお、京極の世界の中を歩く読者には最後まで答えが見えないだろう。

今まで読んだ 5 冊とも、その綿密で終始論理的で破綻のない世界を非常に楽しんだが、この「絡新婦」には「あぁ、やられた」と言う言葉しか出てこなかったのである。

*4  京極夏彦と言えば

第130回直木賞受賞 だそうで、おめでとうございます。受賞作品は「後巷説百物語」。

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