*1  ディアスポラ 読了

ディアスポラ
3.67 (6レビュー)
もう何と言っていいのか分からないが、個人的には人生のベスト 3 に入る SF 作品と断言できる。冒頭の電子生命体"孤児"が誕生し自我に目覚めるプロセスといい、5+1次元生物の生態といい、「長炉」の描写といい、はたまたブラックホール量子物理理論の展開から高次元宇宙の旅といい、とても人が想像だけで作り出したとは思えないほどに生き生きとした描写は、その世界を覗き込んでいるような感すら覚える。難解ながら具体的な描写で描かれたその世界のイメージが自分の脳内に構築されていくと言う読感は SF 読みの正に醍醐味そのものであり、脳が汗をかく(ほど働いている)と言う快感を得られる本でもある。

29世紀の電子化された人類が住む地球に始まり、何兆もの宇宙を越えて数百億年の時間を旅する姿はあまりに壮大で涙が出そうになるほど。確かにハードSFの骨肉の部分をそのまま表に晒し出しているこの作品は全く持って万民向けではないが、SF好きならば絶対に読んでおくべき本のひとつではなかろうか。

ただ物理学という視点から真面目に読むと、物質宇宙創造のストーリーが「偶然に反物質より物質が多かった」と言う安易な根拠だったり、数百億年の時を越えた宇宙の物質が陽子崩壊してないのはいいのかなと思ったり(そもそもこの物語の物理体系が陽子崩壊を予言しているか不明、且つ隣接宇宙間では時間軸は非連続かもしれないが。そう考えると情報の寿命は陽子寿命より長く成り得るのか…)、超紐の論文から着想を得ている高次元極小ワームホールの量子論がクォーク・レプトンのレベルをあまり説明してない(カラー荷の生じる理由や重力生成原理などが見当たらないが見落としただけ? あと高次宇宙の素粒子では次元がどう折り畳まれているんだろう? 無限次元の場合は?)など、稚拙ながら量子力学を学んだ身からすると多少気になる点もあるが、そう言う細部を突っつきたくなる衝動自体がこの本にあてられた自己の防衛本能であるかも知れず、発刊時点での最新物理学をきちんと踏まえて論理的に構築された世界はそうした多少の矛盾点を加味してもその価値は全く衰えることがない。

たまに本を読んでいると「これくらいの話なら自分でも書けそうだ(もちろん現実に書けるわけではない)」と思うことがあったりするが、この本を自分が書けそうだ等とは中性子の欠片ほども思えないのである。

( Permalink | Comments (0) | tags: book  sf  )
1. [SF]ディアスポラ from 誰が得するんだよこの書評 at 2010-03-01 20:50
文学というメタゲームへの最終兵器にして史上最も難解なSF。あるいは「火の鳥 ハードSF篇」。グレッグ・イーガンは多分この作品で文学を終わらそうとしている。「批評の終着点はどこか」では批評のメタ構造ゆえに、究極の文学・究極の批評などありえないことを論じました。...
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